昨日(H31.3.16)は県外出張から早朝便で帰福。
シャワーを浴びて、2歳のお子さんのシングルマザーのモニタリングへ。
終わって社用車のディーラーへ印鑑押しに。
昼からは、他県へ引越しを考えている弱視の方がインターネット検索するサポートを事務所にて。
合間に、50分ほど、追突された相手の不誠実な対応に怒り心頭の登録者さんの電話傾聴。
夕方、受給者証切り替えに伴うモニタリング&計画案の提案でご自宅へ。
そして、20時から、本日最大の山場である登録者さんご家族と通所事業所さんとの話し合いのためご自宅を訪問。ご本人のパニック状態を引き起こしたと推測される事業所の対応に不満が爆発寸前の母が関係者を招集した話合い。間違いなく修羅場になると覚悟して臨んだ・・・
ところが、この話合い、これまでこんなに深く「人を支援するとは・・・?」について考えさせられ、そして、相談支援専門員としての自分の在り方を見つめなおす「学びの場」になろうとは、これっぽっちも考えていなかった・・・
個人特定を恐れずに状況を説明するが、今年の初め、特別支援学校高等部を卒業して、かれこれ10年通所している事業所から帰宅した知的障がい(療育手帳A2)の彼の様子が一変した。「おこられる」「こわい」を中心とした発言を連発し、夜中までも途切れることなく叫び続け、食事もとらず、風呂にも入らずの日々が続いた。夜中に突然玄関を出て、外で叫び続けることも。
ご家族は、原因究明に頭を悩ませ、さまざまな方に相談をし、最終的には精神科受診をして服薬対応となるまでに1ヶ月越え。わかっていることは、1年半ほど前から、一つ一つに異常なほどの長い時間がかかるようになってしまった行動(送迎車への乗り込みや食事を開始するタイミング)がみられていたのだが、この日、ある職員さんが、昼食を開始できずにいた本人を叱責した事実があること。
もちろん、自分の思いや考えを適切に他者へ表出できない彼に対し、原因を特定する説明を求めることはできない。推測の域を出ない状況ではあるが、母の思いとしては、その叱責が引き金になっていることは明らかであると考えていた。
この日の参加者は、事業所の職員さん3名(事業所代表、通所サビ管、本人担当職員)、母、父、母のおつきあいのある弁護士さん、保育の学生を育てる大学の先生だった。
まず、事業所の代表の方が、事業所としての考えを説明したが、原因が特定できないと発言されたことに母が激怒。これまでの彼の心配な様子に夜も眠れずに対応してきた家族への正式な謝罪がまだなかったことも激怒に拍車をかけた。母は訴訟も視野に入れ、弁護士さんへ相談をしていた。
しかし、このあと、弁護士の先生の適切な話し合いの進行と大学の先生の「発達・成長」の観点から一人の障がい者の支援をどう考えるか?といった本質的な議論を導き出すリードにより、ただ単に感情のぶつけ合いに陥ることなく話が深まっていった。
この事業所は、芸術活動を柱に障がい者の生活を支える支援を謳っている。今回の本人も、もともと創作活動が好きで、本人の意思表示で通い始めた経緯がある。
しかし、一方で、彼は療育手帳A2で区分5の重度知的障がい者で、この事業所で利用しているサービスは「生活介護」である。創作活動がたいへん好きで高い能力をもち合わせている一方で、日常的に生活全般について介護が必要な状況にある。
母は、この点を論点に取り上げた。(正確に言うと、10年前からこの点について「もっと重要視してほしい」と既に要望をしていたという…)
「生活介護とは何ぞや?」事業所としてどうとらえているのか、母は問い詰めた。
そばで聞いていた私もはたと考えた・・・
急いで、正式な文言をネット検索する。
「創作的活動」もしっかりと記述がある。しかし、加えて、身体的そして精神的な健康を保つためのサポート、日常生活をより豊かに過ごすための生活スキルの向上もしっかりと必要である。この事業所では、彼への歯磨きの指導が10年間見過ごされてきていた。
また、今回起きたパニック状態に対して、事業所としてどのように協議しどのように対応を決めたかが問われた。
ここで、保育士を育てる大学の先生が話されたタームが深く心に響いた。
私たちまわりの者からみると不適切な言動は、彼らからすると、なにかを訴えたい正当なサインなんだと。なにもまわりの者を困らせようと意図してやっていることでは決してない。今の自分の苦しい状態を
「なんとかしてよ、みんな!」って懇願しているサインなんだと・・・
私も相談支援の一環として、事業所で起きる行動問題への対応について一緒に考え、提案することが多々ある。これまで、起きている行動問題を「ただ、なくすだけ」に終始していなかったか?大いに反省させられた。仮に、まわりを振り回す行動問題がなくなったとしても、本人からのサインであった「訴え(発達要求)」をないがしろにしていたのでは、根本的な解決になっていない。それよりむしろ、心の片隅に抑圧された状態で押し込めただけで、次に外に現れるときには、手が付けられなくなるほど大きな爆発の準備を作ったにすぎないかもしれないことを心しておかなければならいと思った。
この日の話し合いは、事業所にとっても、家族にとっても、そして、相談員である私にとっても、大変学び多い時間となった。母は、事業所に対し、この日の論点となった「生活介護としての支援」もしっかりと意識した改善策を求めて和解した。
1年半ほど前に他事業所から引き継いだ計画相談事業所として、この日、ほぼ出番なく聞いているだけだった私は、今後、事業所と家族の間に適切に介入し、今日の話し合いを進行した弁護士の先生の代役をしっかり努めることができるようにならないといけないと心に誓った。
「一人の人を支援する」とは、何のサービスを使うとか、今どんな状態にあるかとか、解決・改善のためにどんな対策が必要かとか、だけでなく、これまでどのような生活を積み重ねてきたのかの経緯を踏まえ、今後、先々、ひいては親亡き後をどうサポートするのかも含めて、その人の一生を見据えたトータル的な相談支援を展開していく技量を身に付ける必要性について、深く、深く考えさせられた一夜となった。
福岡市東区で障がい福祉サービスに携わる人を育てる会社
合同会社サンクスシェア 2016年4月4日 創立